旅人みかんです。
両親の老いていく姿に寄り添って見送り、自分の人生も半ばを過ぎた今、この先どう生きて行くか、そしてどう旅立って行くかを模索しながら、ゆるい終活として物の整理を始めています。
今日はその中の写真のお話。
「これからの残された時、自分はどうしていくか?」を考えた時、
「私は、写真を眺め昔を懐かしんでいるより、新しいことに経験していきたい!」という気持ちが強いと思ったので、本当に大切な写真だけを残し、どんどん捨てていっています(笑)
もちろん、簡単に割り切れない写真もあるので、そういうものは一旦保留ボックスへ。時間をおいてもう一度眺めセレクトしています。
そうして仕分けをしているうちに、残しておきたい写真は、美しい風景の写真ではなく、誰かと記念撮影したものであることに気づきました。
昔どこかで「人生終盤は、残しておきたいのは人との写真になる」と、読んだことがあり、その時は半信半疑だったのですが、本当にその通りでした!
年齢を重ねて、自分の中にストンと落ちてくる事ってありますよね。
確かに、綺麗な観光パンフレットのような写真は、様々な人が撮影してくれていて、いたるところに溢れています。決して「私だけの思い出の風景」ではないんですよね。
そして、ある時、小さい時の家族写真の中に、父がいないことに気づきました。少し大きくなると、父がいて、代わりに上のきょうだいが写っていないものがあります。その頃お小遣いでカメラを購入したので「自分が撮る!」ということになったのでしょう。
つまり写っていない写真の反対側に、撮影しているもう一人の家族がいるのです。
旅で観光スポットを歩いていると、自撮り棒で一斉に撮影できる今でも、このような風景をよく見かけます。
相手の方の様子を見て、必要そうかな?と感じた時に「皆さん一緒に撮りましょうか?」と、おせっかいに声をかけさせていただくのが、私の密かな楽しみです。

大抵の方々は喜んでくださって、花見でお子さんを撮影しようとしていたお母様は「ありがとうございます いつも私が撮っているので 2人の写真がなくて💦」とおっしゃってくださいました。
相手が海外の方の場合は、言葉が通じないことも多いので、翻訳アプリなどで調べてから、声をかけることもしばしばです🤣
通りすがりの 私のことなんて覚えていなくていいんです。
でも 家族みんなで写った写真が思い出として残るって素敵じゃないですか?



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